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ツルタカブログ

ラーメン食べたり、ランニングしたり。

ありがとう!ジェンソン バトン。極私的なバトンへの想い。

2016年のF1も今日のアブダビで終わる。

チャンピオンの行方がかかったレースだが(なんで最終戦までかかるかね・・情けないな、ロズベルグは・・)そんなことより、事実上のバトンのF1キャリアにおける最終戦となることの方が、個人的には重要だ。

17シーズン 出走は300戦以上となる超ベテランドライバーだが、個人的には同い年のドライバーということで、デビュー時期から応援していたこともあり、なんだがベテランドライバーという気がしない。あのルックスもあるのかもしれないけど。

 

2000年、アフターセナジェネレーションであるシューマッハハッキネンが激しく争う反面、それ以降のセカンドジェネレーションと呼ばれる層(具体的はラルフ・シューマッハ、フィジコ、トゥルーリ、ウルツ等)がイマイチ伸び悩み、F1はちょっとした停滞期を迎えていた。

99年までルマンを主戦場にしていたワークス勢が、F1を対決の舞台に選択したことで莫大な資金が投じられる用意がされる兆候がある中、ルノーのワークスエンジンを失って、ちょっぴり元気がなかった名門ウィリアムズが、フォーミュラ経験わずか2年のバトンを抜擢したのは、なんだかとても新鮮は印象であった。

 

もちろん、Fフォードを1年、英国F3を1年、という経験の少ないドライバーをF1に抜擢するのは賛否両論があった。

 

2000年からBMWのワークスエンジンが供給されるウィリアムズ。新パートナーとの船出となる中で、絶対に失敗できない状況の中でこんな新人を起用するなんて、と口の悪いパドック雀たちは好き勝手を言っていたが、私は純粋にワクワクしていた。

同い年、20歳のF1パイロットが誕生する!

最近ではマックス・ヴェースタッペンの年齢が話題になっているが、そもそもバトンのデビューまでは、この年代がF1のシートを得るなんてことは無く、特にこのころは、ヒエラルキーがまだ維持されており、F3からF1チームのジュニアチームとなっているインターナショナルF3000を経験(もしくはGT1やGTLMPでワークス入りしてのデビュー)が一般的だったのだ。

事実、バトンの同期であるハイドフェルドメルセデスの育成プログラムに沿って、育成されてF1までたどり着いている。

 

20歳のF1パイロットへの私の期待は高まっていた。

 

開幕戦こそフリー走行で、鳥に衝突するというヘマをやらかしたものの決勝は落ち着いた走りでしっかり完走、次戦ブラジルではあっという間に最年少入賞を果たす。(当時は6位までが入賞。)その才能の確かさを世界に見せつけたのである。

まったくの他人事ながら、誇らしかったのを今でも覚えている。

若干20歳ながら、ベテランさながらの安定感をもっていた。

若いドライバーは、ナチュラルスピードに任せて一発のタイムは出せるが安定感に欠けるきらいがあるのだが、バトンのアプローチは正反対で、とにかく堅実にタイムを並べてくる。とくに高速コーナーでの安定感はオンザレールといった感じで、破綻の気配すら見せない。

とにかくこんな感じの新人は見たことが無かった。なんというか、デビュー時から玄人好みのドライビングだったのである。

 

ただし、その後のキャリアはイバラの道。

翌年は契約の関係で、ベネトンにレンタル。

その後、BARに移籍するものの良かったのは04年くらいなもので、ホンダの方向性のアヤフヤさでそのキャリアの大半を無駄にしてしまった。

この幼稚な日本企業にキャリアを台無しにされたにも関わらず、日本贔屓なのは本当に頭がさがる。

2011年のあの災害時には、率先して日本のために動いてくれたことは、日本人の一人として心の底から感謝を申し上げたい。

 

そしてホンダが08年暮れに恥知らずな撤退をかました後が、バトンの真骨頂である。

絶望的な状況で産声をあげたブラウンGPという奇跡のレーシングチームのエースとして、培ってきたすべてのテクニックを動員して、F1史上類を見ない新鋭コンストラクターでのタイトル獲得。

通算勝ち数や、タイトル数では決して計ることができない、その偉業はF1があと何年続こうが永遠に語り継がれる偉業であろう。

 

この2年は、またもやホンダという定見の無い、モータースポーツを舐めきっている企業によって晩年のキャリアを台無しにされてしまったが、それでもそんな状況でもファイティングポーズをとって、なんとかしてチームを前にすすめようと努力していた。

アロンソが不安定でデータを持ち帰ることすらままならない状況の中、バトンが必死にマシンをチェッカーまで辿り着かさせて収集した、走行データは絶対に将来への貴重なアドバンテージになるはずだ。

 

ひょっとすると、バトンのドライバーとしての才能は、超一流ではなかったかもしれない。

ヴェッテルのような、ハミルトンのような、そんな才能はもっていなかったかも知れない。

だが、自分に与えられた道具と状況で最適な解を出す能力は、(それが後天的なものであろうが)ピカイチであったし、極論をいってしまえばその能力のみで17シーズンを叩かい抜いたといっても過言では無いであろう。

 

資金的に苦しかったカート時代、非力なルノーエンジンでF3を戦った経験(それでもマカオは2位だ)、コンサバで重いBMWエンジン、パワーが無く脆いルノーの111度ワイドアングルV10、迷走したホンダが作った走らない車体、思い返せば満足な道具を使えたのは、09年の極わずかな時期だけである。

 

だが、そんな状況でバトンのレース勘は磨かれ、F1ドライバーとして異質なナチュラルスピードに頼らないキャラクターが形成されていったのだろう。

 

こんなに玄人好みなドライバーはいなかった。

ありがとう、見ていて本当に楽しかった。

ゆっくり休んでください。そして、もし噂が本当なら来年夏の鈴鹿で走りを見せて欲しい。

 

 

つるやたかゆき